スプーンひとさじ

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命について考えたこと


先日、2人目の子どもを妊娠し、そして、その命とさよならする経験をしました。
以下に記すのは、私の体験と、その後の思いです。
 
本来ならば、11月半ばには新しい家族が増える予定でした。
「あ〜、年賀状の時期には、もう一人いるってことだねぇ…早いねぇ…」なんて会話を夫としたのを覚えています。

今年の3月はじめごろのことです。
「まさか?まじで!?」と、妊娠が発覚するも、喜びもそこそこに、やってきましたつわり地獄の日々。

喉から血が出るほど、食べる・吐くをエンドレスに繰り返し(食べづわり)、微熱も下がらず、終日割れるような頭痛。もはや廃人状態で、仕事と保育園の送り迎え以外は、ほぼ寝たきりの毎日を過ごしていました。
3月〜5月の娘との時間がスコンと抜け落ちてしまったようで、ほんとに悲しかったなぁ。でもこれも今だけのこと、おそらく最後の妊娠だろうし、今だけ、今だけ…と唱えながら時期を過ごしていたのでした。

そんなこんなで時は過ぎ、ごく近しい人にだけ報告を済ませた、ゴールデンウィーク明けの検診。
体調は上がったり下がったりしつつも、まだまだつわりからは抜けられず。しかし体重がさほど減らないのが私の恐ろしいところ。「先生、つわりが…」「体重は…、うんうん減ってないね。じゃあもう少し様子見ましょうね」をいつものごとく繰り返して、エコー診察へ。

ぼーっと白黒の画面を眺めながら、赤ちゃんがすでに「赤ちゃん」の形になってきているのが分かりました。
そんなとき、突如言われたのです。「うーん…NTって聞いたことあるかな…?」

サッと血の気が引き、指先が震えました。
頭の中は真っ白でした。

NT……、出産の経験がある方なら、ご存知かもしれません。妊娠初期〜中期、赤ちゃんの首の後ろのむくみ幅をあらわすもので、先天性異常の可能性有無を見る手段のひとつとなっています。
症状として、一番よく知られているのはダウン症でしょうか。私も、「エコーで見られるむくみ=ダウン症」というぼんやりとした認識がありました。
正確には、症例はほかにもたくさんあり、ダウン症だけが症状ではありません。先天的に心臓や腎臓、肺などの器官に疾患がある場合も多いようです。そして、その疾患によっては妊娠を継続できなくなる可能性があることも伝えられました。

むくみの厚さも様子見をするレベルではなかったようで、とにかく早く、羊水検査ができる病院でセカンドオピニオンを、というのが先生の見解でした。
不安、悲しみ、言葉にならない気持ちを抱え続け、翌週、夫と二人で慶応大学病院の産婦人科を訪ねました。

羊水検査へ向けての診察は、カウンセリングと抱合せになっています。
検査によって知る「事実」を正しく受け止めるためには、正しい知識と準備が必要です。
ダウン症でも、今は寿命も延び、多くの人があらゆる分野で活躍しているということ。その反面、ダウン症には心臓疾患などの重篤な合併症があって生まれることも多いという事実。
そのほか、出産までたどり着くのが難しい疾患のケース、さらには、もしたどり着いても、大きな手術を繰り返し、数か月〜一年もたずに、命を落としてしまうケース。

もちろん、異常がない場合もありますが、私の場合はむくみがすでに全身に広がっており、赤ちゃんはすごく苦しそうな状態だと告げられました。

羊水検査は、15〜18週と、実施できる期間が決まっています。
早すぎると、胎盤がしっかりと完成しておらず、お腹の子に影響が大きいし、正確な結果も出づらいのだそうです。胎盤の完成を待ちますが、今度は遅すぎると、「万が一」妊娠継続をあきらめる場合に、中絶が不可能な週数になってしまいます。
結果が出てから答えを出すまでに、猶予はほとんどありません。検査を受けるということは、同時にその答えを出さねばならないということでもあるのです。

私はそのとき、13週(妊娠4か月)。検査は、約3週間後の6月初旬に決まりました。
それまでに、結果が出たあとのことを考えねばなりません。
命の選択。
羊水検査の是非を問う意見はたくさんあります。その決断はとても難しいものです。幾度となく、そんなニュースを見聞きしていましたが、「命の選択」だなんて、自分とは遠い世界のことだと思っていました。
実際、ニュースを見ながら考えていたことは机上の空論で、いざ目の前に迫った現実の選択とは、大きな隔たりがありました。

産まれても、苦しい手術を繰り返し、それでも長く生きられない子かもしれない。そこに産む意味はあるの? しかし同時に湧き上がるのは、「命の期限」をこちら側が勝手に決めるなんて許されることではない、という思い。
「なにがあっても産む」と決意した直後に「でも、本当に大丈夫…?」と不安に駆られ、落ち込む、の繰り返し。
出口のない迷路を、ぐるぐるとさまよい続け、「もう自分で結論を出すのは無理だ、いっそお腹の中で先に結果が決まってくれたらどんなに楽か」と恐ろしいことが脳裏をかすめ、そんな自分にまた嫌悪感を抱き、さらに落ち込みました。

何度も何度も夫と話を繰り返しました。
たくさんの涙を流し、呆然とし、せめてもう少し早く妊娠・出産を終えていたら事態は変わっていたのか? と、少し前の「40歳までに産めればいいよねー」と出産について真剣に向き合おうとしなかった自分を呪いました。つわりもまだおさまらず、精神的にも限界でした。


あいかわらず答えは出ないまま、6月を迎えました。
翌週に羊水検査を控え、落ち着かない気持ちのまま、かかりつけの妊婦健診へ。

エコーに映る、ぽこんと飛び出したおでこ、ちょこんと出た鼻。
突き出した両手、両脚。きゅっと体を丸めたその姿は赤ちゃんそのものでした。
しかし、そこに感じ取れる、いままでとは違う「何か」。画面をじっと見つめていた私と、それ以上にじっくりと見つめていたであろう先生。

どのくらいの時間がたったでしょうか。先生が、ゆっくりと言いました。
「心臓が、動いていないね…」

どっと涙があふれました。
「おや、むくみがすっかり引いてますね」なんていう奇跡を、心のどこかで期待していたのかもしれません。そして、認めたくないけれど、やっぱりホッとしたのも少なからずあったのかもしれません。
目の前の画面には、たしかに小さな赤ちゃんが映し出されている。それなのに、もう会えないであろう我が子。私の小さな赤ちゃん。言葉では言い表せない、幾重にも重なる思いに、ただただ涙が止まりませんでした。


赤ちゃんはすでに命絶えてから数日が経っていました。そうなると、今度は母体に影響が出てきてしまうそうで、そこからはバタバタと話が進められました。
今日すぐ入院できる?明日は?旦那さんとすぐ連絡取れる?

悲しみに暮れる間もなく、とにかく早く早くと準備が進みました。
妊娠5か月、16週でした。12週を超えると、通常のお産と同じ手続きが取られます。陣痛促進剤を使い、赤ちゃんを出産するのです。
私の場合は、前回が帝王切開だということもあり、繰り返し「子宮破裂」の可能性を説明されました。人工的に起こす陣痛は、通常のそれよりも強く、その収縮に子宮が耐えられない可能性があるのだそうです。結果、緊急手術にすぐ移れない週末を避け、さらに仕事を調整しながら、診察の4日後に入院することになりました。


陣痛のことは、今となってはほとんど覚えていません。
経産婦が口を揃えて言う、「痛みは覚えていない」は本当だったんだなぁ…と私も経験してみて感じました。(前回は逆子による、予定帝王切開だったのです)
ただ、薬の効きがよかったのか、お腹が痛くなりだしたな…と思ってから激痛に至るまでは、ジェットコースター。
もう無理だ、と何度も食いしばり、もしかしたら口に出してもいたのかな、今すぐお腹を切ってくれ、と思ったことだけは覚えています。
ザァッと生ぬるい水があふれだし、破水してからはあっという間でした。

そうして、赤ちゃんが産まれました。産声をあげない、小さな小さな、赤ちゃん。


私と夫とで対面させてもらい、産まれたばかりの我が子を抱きよせました。
手のひらにのるくらいの、小さな身体。
でも、目も鼻も口も耳もあります。5本ずつ揃った細くて長い指の先には、ちいさな爪がありました。すでに、きちんと人間の体つきをしています。全身はやはりむくんでいましたが、先生が言うには、おそらく女の子だったようです。

用意しておいた、薄桃色のガーゼと小ぶりの桐箱が、ぴったりの大きさでした。

その後、私は翌日に胎盤掻把の手術を受け(ここは全身麻酔)、さらにその翌日退院しました。(子宮口を開く処置に丸2日、結果入院期間は5日間でした)

赤ちゃんと最後に会った、斎場。ほかにもたくさんの方が見送られていましたが、誰よりも小さな小さな棺桶だったことが忘れられません。
赤ちゃんは真っ白い骨になり、これまた小さな骨壺におさめられました。


これまで、初期流産という存在は知っていたし、周囲でもちらほらと聞いたことがありました。しかしまさか中期で、そしてこんな形での流産があるとは考えもしませんでした。でも、「あの人、子ども産まないのかな?」「2人目まだかな?」そう私たちが思っている陰に、私のようなケースはたくさんあるのかもしれません。
実際私も、妊娠5か月、、世間で言う安定期。仕事先や周りの人へ、報告を始めようとしていた矢先の出来事でした。お腹も、ゆったりした服を着ていれば誰も気づかないような頃です。
つまり、「誰にも知られずに」妊娠し、その妊娠が終わってしまったということは、表面化していないだけで、私たちのごく身近にあるのかもしれない、ということ。

「死産」という言葉を考えたこともなかったし、まわりで聞いたことも、もちろんありませんでした。
でも今回、自分がその状況にたち、求めるものはインターネットの中の答えしかない、というとき、調べれば調べるほど、同じような人がたくさん出てきたのに驚きました。NTの厚みで悩んでいる人、羊水検査を受けようか迷っている人、受けて悩んでいる人、妊娠継続をあきらめた人、あきらめなかった人。そして死産を経験した人。

私は、年齢を重ねれば重ねるほど、妊娠しづらい、そして遺伝子異常の可能性も高くなるということは頭では理解していても、どこかピンときていませんでした。一人目を出産したのは33歳、決して早すぎるわけではなかったのに「早い」と思っていたし、周りからも、「今って40前でも産む人いっぱいいるもんね」とも、たくさん言われました。
(でも、そう言っていたのは、私を含め、すべて「まだ子供を産んでいない人たち」だったんですよね。出産経験がある人は、決まって「早いに越したことはない」と口を揃えて言います。)


私たちの目に入ってくるのは、当たり前ですが「生まれてきた赤ちゃん」だけです。
耳に入ってくるのは、「30代後半、40歳を過ぎても出産できた」という話だけです。その陰にある、産まれてくることができなかった命、また出産に伴っての長く苦しい不妊治療のことは、あまり多くは語られません。もちろん、それを想像することはできますが、でもやっぱり「産まれた」「産めた」という明るい部分だけが強調されるし、一人歩きしているところがある気がしています。

ここに書こうと決めたのは、私が思っていたように、「いつか産みたい、今はまだ」と思っている人に、一人でもいいから届けばいいなと思ったからです。いわゆる「高齢出産ってやっぱりリスク高いですよ」と言いたいわけではありません。若いから大丈夫、歳を重ねたからダメ、という単純な問題ではないことも理解しているつもりです。「私ってこんなにかわいそうな経験をしたの!」と不幸自慢をするつもりもありません。(むしろ、同じような思いをした人、もっと過酷な状況を経験した人がたくさんいることを知りました。)
ただただ、事実として、あまり公にはならないけれど、こういうことも世の中にはあるんだ、ということが伝わればいいなと思っています。

今回、経験したからこそ情報を探したけれど、こんなことがなければ、きっと知らずにこれからも過ごしていたと思います。だからこそ、あえて、いつものブログに書くことにしました。普段、いつか子どもが欲しいと思っているけれど、その「いつか」を具体的に考えていない人、あまり妊娠について考えたことがなかった人が、ほんの少しでも考えるきっかけになれば嬉しいです。


最後に。
妊娠、出産に伴うことについては、さまざまな意見があります。私も、答えは分かりません。100人いれば、100通りの考えや事実やがあると思っています。ここに書いたのは、あくまでも私が経験したことで、私自身の考えです。もし、不快な思いをさせてしまう方がいらっしゃったら、お詫びします。また、言葉足らずな部分や、間違っている部分などもあるかもしれません。その際は、一言お知らせいただけましたら嬉しいです。

 
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